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2013年4月

2013年4月28日 (日)

■色んな涙・・・



この数日間は辛く悲しい日々でした

以前にもココに書いたように

実兄に又メチャクチャな裏切りを受け

やっと縁を切っていた兄と復活し

少しずつ関係が改善されたように

感じていましたが・・・





やはり人間は変わらないということ

実感しました

この兄のせいで我が家は全てのものを

失ったのですが本人も反省しているかのように

穏やかになったと思いましたが

又騙されちゃいました




そして




大きな心の傷が出来てしまい

毎日電話を何回もかけてきて

一方的に怒鳴られてきた数日間

私は育った環境が怒鳴り声に怯えていたので

怒鳴り声にトラウマを持ちパニック起こし

家の中メチャクチャにして怪我して





その時

母が私をギュッと抱きしめ

背中を擦りながら

「ごめんね ごめんね」って

生まれて初めて母から愛を感じ

思いっきり甘えました

涙が出ました





父が入院してから

母と二人三脚で頑張ってきましたが

金銭面で長男にも協力頂かないと

父の費用がかかるのでと思い

今回協力してもらうことになり

多少のことは我慢してきましたが

今回は父の転院が決まって

その日来れないと言うので

手続きやらして本当に良くして頂いた

看護師さんたちに退院の準備も御願いして

その日を待つだけでした



がっ





それを全てメチャクチャにされました

家族だけじゃなく医師やソーシャルワーカーまで

怒鳴り散らしたようで・・・

お前に任せると言いながら

自分が決定権を持つんだと言い張る

じゃあキーパーソンになって全部やってと言えば

仕事と言って逃げる

お金出すと家族会議で決めたのに

今度はお金ないから出せないと言い

結局は兄がしたことはメチャクチャにしただけ





父の為

お金の為

その為に我慢我慢と言い聞かせ

どんなに怒鳴られても

悔し涙を流しても

頑張ろうと思ったけれど

もう限界でした





昨日彼に久しぶりに会うことが出来て

ほんの少しの時間でしたが

そのことについて話をしました

彼は私の手と足の包帯姿にビックリして

「もうお願いだから止めてな・・・」

そう言いながら抱きしめてくれました





ふと外を見ると空が真っ赤に染まり

車を移動させキレイな夕日を一緒に見ました

「空みるの久しぶりだぁ・・・」

「そっかぁ」

一瞬時が止まったような感じでした

夕日に吸い込まれそうな感じでもありました






兄にメチャクチャにされたおかげで

仕事や病院はキャンセル

彼との約束もキャンセルになり

イライラが爆発しちゃったんです




裏切られた涙

悔しい涙

怒りの涙

沢山 沢山 泣いていましたが

彼に会い救われました





そして





昨日仕事から帰ると

大きな荷物が届いていました

えっ

送り主を見ると遠くにいる

友人からでした

開封した途端に大粒の涙が零れ落ちました

温かな気持ちのこもった沢山のものたち・・・

私は彼女に何もしていないのに・・・

母と二人で大泣きしました



感謝の涙

ありがとうの涙




その後に父に会いに行きました

私がけがをしたし

とにかく兄がジャンジャン電話してきて

頭おかしくなっていたので

3日ぶりに会いました

私の顔みるなり父は大粒の涙をこぼしました

「ごめんね・・・」

父のオデコにキスをしました

1時間以上父と外を眺めながら

一緒に過ごしましたが

「帰りたいよぉ」

手足をバタバタさせて泣いていました

切ない・・・・・・・・・・

すぐにでも連れて帰りたい

そう思います

先がどれくらいあるのかもわからないのに

帰りたい家に帰れないのは

本当に可愛そうです





帰りに父を看護師さんに預け

「兄がご迷惑をお掛けして本当に申し訳御座いませんでした。父のことどうか宜しく御願い致します」

深く頭を下げました

看護師さんは

「大丈夫ですよお気になさらないで下さい」




本当に申し訳ないと思う涙

父への手厚い看護への感謝の涙




この1週間は色んな涙を流しました





少し見えてきた先が全てオジャンになり

またバタバタしそうですし

兄とのバトルはまだまだ続くでしょう

もう信じない

人を脅し裏切っても気づかない

何とも思わぬような奴は・・・

今は転院のお金のために我慢するだけ











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2013年4月21日 (日)

■ちょっとだけ現実逃避・・・


彼がお見舞いに来てくれた 後

ちょっとだけお茶でも出来ればと

思っていましたら彼が私を気遣い

ちょっと遠くの園芸ショップへ

連れて行ってくれました




行く途中に咲くハナミズキ

「わぁ~っハナミズキきれいだ~っ

「えっすげぇ~っ花の名前言ったぁ」 

「なんだよぉハナミズキくらい・・・」

「いやぁいつもこの花何って聞くと花って言うから・・・」

そんな会話もなぜか凄く幸せでした





この数週間は病院と家の往復だけで

渋滞の中感じた風さえ心地良く

大きな園芸ショップはまるで

お花畑のように思えました

熱帯魚コーナーはまるで水族館

かなり長時間一緒に過ごしました






彼も私も観葉植物大好きですから

色々見て悩んで

雑貨コーナーもカワイイものばかりで

本当に楽しかったです






「eipyonこれ何て種類なんだろう???」

「ん葉っぱだよ

「あ・あのねぇ・・・」

こんな風に彼と会話したのも

本当に久しぶりでした




しかし




悔しいことに途中から

過呼吸が起こり始め

「薬飲みたい・・・」

「うん」

いったん外に出て休憩

やはり疲れてるんですね





帰り道

いつも寄る中華料理店

過呼吸で食べられないので

諦め帰宅しました

この日この現実逃避した

楽しい時間が今を支えてくれています






今週もフル回転

父の手術があり

かろうじて麻酔に心臓が頑張ってくれて

無事手術が終わりましたが

その後

ベッドの上で暴れまくる父

父は力仕事の職人でしたから

半端ない力で抑え込むのも大変

フゾー手袋なんて意味なく

その下に刺された点滴の針さえ

抜いてしまい血だらけに・・・





約7時間立ちっぱなしで

抑え込んでいた体はバキボキ

帰宅したら動けないほどでした






手術が終われば転院の話や

老健施設入所の話を同時進行

面談やら書類やら電話が鳴りっぱなし

その上

これから父にかかる費用があるので

仕事をフルには出来ませんが再開したので

頭パニックしています





考える猶予もなく

受け入れ先が決まれば断れない

いくら遠くでも・・・

選ぶことも出来ない

こんなことってアリですか???




今の世の中

犬や猫だって大事にされるのに

人間の老後や最期を安心して

過ごせないのがこれから超高齢化になる

日本なのですね

勝手に法の改正どんどんしても

何一つ整っていない

在宅介護に切り替えるならば

もっと医療面やサポートをしっかりと

決めてからにして欲しい

病院も長期入院は出来ず

追い出され

行く場所を失い途方に暮れる方が

どんどん増えています

施設は特老も老健もどこもいっぱい

結局は在宅介護になるが

医療も整っていないし

老老介護なんて関係なし






同居の家族がいれば

入所の順番は後になるし

じゃあ

働かなくても国が補助してくれるの?

介護している家族に・・・

介護には莫大のお金がかかる

その金額はとてもじゃないけれど

年金では賄えない金額ですよ






年金だって段々金額減らされ

何でも介護度が上がれば高くなる

矛盾だらけの制度には呆れます





老後の為の貯金

先を考えろよという考えの方も

いらっしゃると思いますが

事情があり全ての財産を失った

我が家には残されたのは命だけでした

突然家も失い

財産とみなされたもの全て失い

一文無しから今の生活が始まり

すぐに介護生活が始まったわけですから

貯金なんて出来ませんでした





これから先

何も見えて来ていません




遠くの老健に入所になれば

会うこともできません

こんな病にならなければ

そんなことを思う日々です





まだまだ格闘の日々が続きます





彼に会えない日も続き

パワー不足ですが

今は父の為に全力で頑張ります





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先日彼がプレゼントしてくれた

ひとつです

『ゴールドスター』

幸福を呼ぶ黄色い花だそうです

「これ枯らしたらどん底不幸になるのかなぁ」

なんて言いながら悩んだ末

この観葉植物に決定しました

























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2013年4月15日 (月)

■お見舞い


今日

彼が父のお見舞いへ

来て下さいました



父と彼が最初に会ったとき

とにかく彼に嫌な思いをさせてしまい

それから家へは父のいない日に呼ぶようになり

数年ぶりのご対面でした





「大丈夫かなぁ・・・また帰れって言うのかなぁ」

「ん~ん わからないけど・・・」



そんな矢先

早朝病院から連絡が入り

やってしまいましたぁ

どんなふうに安全ベルトやフゾー手袋を取り

尿道カテーテルを引きちぎり徘徊・・・

それも酷い千切れ方で膀胱にカテーテルが・・・

急遽呼び出され手術の同意書を書かされまして

タイミングが合わず今日しかないということで




彼もドキドキ

私もドキドキ

父のいる病棟へ行くと

またナースステーションで遊んでもらってた

彼は笑みを浮かべていました




車いすを押して

談話室のような広い眺めの良い部屋で

彼が父に挨拶すると

な~んと

ニコッとして反応してくれて

ホッとしました





彼に会わせた時もそうでしたが

とにかく昔から私が連れてくる男の人は

面白くなくて持ってきた手土産ならマシで

履いてきた靴まで捨ててしまうような

そんな父でしたからね





今の父には

もうそんな元気ありませんでした

生きているのがやっとです

彼は現実を目の前にして

かなり厳しいことを言いました

「eipyonがいくら頑張っても在宅介護は無理だよ

私自身頭ではわかっているのですが

私は本当に母に愛されなかった分

父に愛され大事に育てられ

体を張って守ってくれた父なので

どうにか出来ないかと悩みまくっています





自分が病じゃなかったら・・・

そんな風に悔やんでしまうことも・・・




過呼吸や眩暈が続いて

先日は頭打ってCT検査したり

生活は正直メチャクチャです




今日は

お見舞いの帰りに彼との時間を

作ることが出来て

本当に久しぶりに病院以外の外出が出来

何だか凄くパワーが湧いてきました




父の手術は火曜日の予定

全身麻酔ですから

心臓が持つかの勝負になります



周りもバタバタと動いて下さっています

ケアマネや相談員やソーシャルワーカーetc・・・

そして

心配して下さっている方々からの

温かなお言葉に涙しながら

私は前へ前へと進んでいきます





在宅介護の厳しい現実

私は甘く見過ぎていたのでしょうか・・・



もし

介護で限界を感じている

前頭葉のアルツハイマーのご家族の方が

いらっしゃいましたら

ご参考までですが

進行しだしたら在宅介護は難しくなるので

早めに色々な手続きをなされていた方が良いと

思われます

今の特別老人ホームなどの入所は100人以上の

待ちでの入所になります

アットホームな認知症の方のグループホームも

かなり増えては来ていますから

あちこち相談しながら”お守り”として

手続きなされた方が宜しいかと思います





私の反省は

在宅介護をするにあたって

そんなに長くはないだろうと思っていたこと

そして

母の老いのこと頭に入れておかなかったこと

預ける=捨てる

そういった思いが大きかったこと(今でもありますが・・)





まだまだ困難続きですが

何とか頑張ります




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彼との時間

嬉しかったです

楽しかったです




続きは後日デスm(_ _)m

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2013年4月11日 (木)

■飛べない鳥・・・



父が昨日ICUから一般病棟へ

奇跡的に回復しました

しかし

待っていたのは”退院”

まだ準備も整っていないし

なんと

バルーン付きのカテーテルを付けたままの

退院になるとのことで

予定外の難関に激突しています





アルツハイマーの父ですから

バルーン付きのカテーテルを外してしまう恐れが多く

そうなると受け入れてくれる施設が・・・

そうなると昼夜目が離せない状態で

在宅介護になるわけで・・・

ただでさえ

母に「もう一人で介護は出来ない」

そう言われていたのですが

その時以上な状態になるわけで

私の自由な時間は消えてしまうのです





彼に会うことが出来ても

ゆっくりとした時間が取れるのでしょうか?

仕事は行けるのでしょうか?

私は一生介護で終わる人生なのでしょうか?





「いつでも困ったときは言って

そう言われて凄く嬉しかったし

心強かったけれど

ふたを開けてみたら

それが本音ではなかったこともわかったばかり

もう人間不信状態ですよ・・・

私はその人を尊敬していたし

信じていたので父が救急車で運ばれた日も

一緒にいて頂きましたが

そこで見えたのは本音でした





今まで

「eipyonさん限界なんだから・・・何か出来ることあったら言って」

「少し休んでよ協力するから」

そう言って下さっていたので

SOS出したのですが・・・





福祉の世界で働き

福祉の世界でこれからも携わろうとしている

尊敬する方でしたし信じていましたが・・・

単なる社交辞令だったのですね

私の大嫌いな・・・





私から言わせてもらうと

そういった言葉を出来ないのなら

嫌ならば口に出すなよ

私だったら絶対にそんなことしない

出来ない約束などしないし

期待を持たせたりはしない

本当にその人の辛さがわかっていながら

そんな裏切りはしない







あまりのショックで彼に言いました

彼はかなり落ち込んでいる私を見て

色んな言葉をくれました

そして

衝撃的な事実を知りました

それは

その方が彼に対して大変失礼な

態度や言葉を交わしていたようで






彼に申し訳ない気持ちと

その方の印象が神様から悪魔に見えました

何が福祉だと思いました





もう頼ることも甘えることも致しません

「仕事辞めるから時間あるから何でも言って」

そう言われた日に大粒の涙を流しながら

「ありがとう」と言った自分が一体何だったのだろう

感謝の気持ちでいっぱいだったのに





やはり




人に頼ることなんてやめます

もう懲り懲りです


「甘えるのも 頼るのも 彼ちゃまだけで良い・・・」

「うん」




もちろん彼には仕事がありますから

全て頼る気はありませんし

私がつぶれそうになったとき

支えてくれるのは

支えて欲しいのは

彼が良いんです

当たり前です

一番素直に甘えられるのは

彼だけなのですから





さぁ

これから私は飛べない鳥になります

沢山の愛で折れた翼を元通りにしてもらえたのに

また翼をもぎ取られて

羽ばたくことさえも出来ない鳥になります

狭い鳥かごの中で格闘することになるでしょう





もう彼とゆっくり二人っきりの時間を過ごすことも

出来なくなるのでしょうか?

思い出の地で過ごす時間さえも

許されなくなるのでしょうか?




大切な父の命が奇跡的に助かったこと

それは凄く嬉しいけれど

待っていたのは先の見えない暗闇でした





私は何のために生まれてきたのでしょう・・・






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私は彼と過ごす時間で

心癒され救われてきました

頑張れたのも

そのおかげでした

どんなことがあろうと

彼との時間が私には必要なのです

そんな時間さえも

私から奪い去らないで・・・

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2013年4月 6日 (土)

■大切なのは心の休息・・・



嵐のような風と冷たい雨の中

父がショートステイ先で具合が悪くなったと

連絡が入りました

飛んで行きましたが父は朦朧としており

ビックリしました






色々な方に助けて頂きながら

父は救急車で大きな病院へ搬送

受け入れ拒否を覚悟で病院決めて

紹介状を持ち向かいました




幸いに受け入れて下さったのです

その大きな病院が・・・

他の病院でガサツに扱われた経験多々

検査さえも暴れるからと断られて

痛がる父をそのまま帰宅させたことも多々

それなのに

その大きな病院はシッカリと次々検査

点滴の針を抜こうとイラついた対応はなく

「なりたくてなったんじゃないよね病気だものね」

もう涙が出ました

こんな対応初めてだ・・・





夕方病院に入り検査を終えて

説明を受けるまで6時間半

結果は最悪でした

「点滴をして・・・」

「入院させて頂けないんでしょうか?」

「だから 点滴するんだから入院ですよ」

「えっまた帰れと言われると思って・・・」

かなり危険な状態だということで

即ICUに入院でした





「心臓が持つかどうか・・・覚悟はしておいてください」

「先生 拘束は治療に必要なので構いませんがどうか苦しんだり痛くないようにだけして下さいどうか どうか お願いします

「わかりました」

「ありがとうございます」





何だか

今まで診て下さった医師が医師に見えなくなる

それほど素晴らしい対応の先生で

その対応だけでも感謝したい位でした






全ての手続きを終えて帰宅したのは

午前1時半でした

疲れているけれど父の顔が浮かんでは

涙していました

電話もいつ鳴るかわからないし

結局は眠れぬまま朝が来て

又病院へ残りの手続きへ行きました

面会が許され恐る恐る父の所へ行くと

な・なんと

父が笑っていました

「ごめんね・・・痛かったんだね」

「帰るっ

泣いて後追いされましたが

ひとまず安心してと言われ

ホッとしました





すぐに彼へメールしました

彼も喜んでくれて

仕事を終えて少しだけ会いました

彼に会ったら気が抜けて

意識が遠のいていきました




「甘えるのは貴方だけなんだから・・・」

「はい」

「会いたいなんて言ったの初めてなんだから・・・」

「はい」





やはり介護に必要なのは

自分の時間を作ることなんですよね

Dサービスやショートステイ

ヘルパーさんの利用などで

1時間でも2時間でも

自分の好きなことをする時間を作る

これが1番大切なことだと思います





介護は

意地や根性で乗り切れるほど

甘くはありませんでした

今回のことで実感した私です

自分一人では何もしてあげられないと・・・





私も

これからが大変です

まだ父は入院中ですから

その間に色々手続きをしたいと

思っています

悩みながら

迷いながら

涙しながら

父が父らしく過ごせるような選択を

していくつもりです







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2013年4月 2日 (火)

■もっと甘えなさい・・・



先週末

また父の様態が悪くなり

4日間看病・・・

在宅介護の限界を感じました




国は施設などが増やせないからと

在宅介護に切り替えようとしていますが

そこに大切な医療などが全く整っていません

介護施設はいつも人手不足

今後ヘルパーも介護福祉士の資格なしでは

出来なくなるような提案もあるようですが

そうなったらヘルパーになれる方は限られ

今以上に人手不足になり

在宅介護も無理に等しくなります





何をお国様がしたいのか

わかりません





毎年制度がどんどん変わり

良くなるどころか負担額は増し

利用できていた制度も利用出来なくなり

孤独死や無理心中が増えている

それが現状です





認知症になり徘徊があると

病院が受け入れ拒否しますから

我が家は往診や訪問看護などで

対応するしかありません





今回はショック状態を起こした父

原因は便秘でした

Dサービスやショートステイ

訪問看護の際に排便があったので

安心しておりましたが奥深い場所に

固まっていたのでした





気づいてあげられなかったのです・・・





それから父は震えが止まらず

歩くことも食べることも

ストローでの水分補給さえ出来なくなりました

ガクガクで歩けないのに立ち上がり

座れなくて怖がりの繰り返し

誰かがそばにいないと不安がり

全く寝ない4日間でした





私は眠らずに父の薬を貰いに行ったり

必要なものを買いに行ったりバタバタ・・・

彼にはかなり怒られました

「もう限界人の言うこと聞きなさいもうこの言葉は最後





本当ならば

薬の調整に入るはずでしたが

悪化させてしまいまして

出来ませんでした

そして医師から告げられたのは

”ドクターストップ”でした





それを真っ先に伝えたのが彼ですから

余計心配させてしまったのです





父に携わる方々全てに

「在宅介護はもう限界だよ」

そう言われました

彼も同感でした




私はいつ倒れても良いように

動きました

子供たちを守ってくれる方に相談したりetc・・・

ワーカーは信用していないし

大嫌いですから話したくもありませんので

子供たちに携わってきて下さった方々に託しました

感謝という言葉以上に皆さん親身になって下さり

一気に色々動き出しました




「もっと甘えなさい 甘えて良いんだよ」

彼に言われましたが

甘えること自体がわからないのです

カッコ悪いとかではないのです

意地を張ってるわけでもないのです

何しろ今まで生きてきた中で

本当の自分を見せられたのは彼で

甘えたい 甘えさせてを

素直に言えるようになったのも

つい最近なのですから・・・





多分怖いんです

甘えるの・・・

「助けて

そう言って今まで受け入れてくれた人

いないんですから・・・





元旦那でさえ

父が倒れて苦しんでいる時でさえ

母は保険証など用意して

私は父を見守っていたので

救急車来るから玄関にいてとお願いしたら

「何で俺がすんの

そう言って寝ていましたから・・・




それから

頼ることや甘えること出来なくなりましたね




けれど




これからは私は変わらなければなりません

父を守るために

色々な方に知恵を頂き学び

答えをさせない時は背中を押してもらおう

そう思っています





彼に色んな言葉を頂いて

助けてくれる方々を裏切らないように

私なりに悔いなく父の最期を看取ろう

そう思っています





ケアマネにより

1日でも2日でも休まないと共倒れだと

今日父をショートステイへ送り出し

今は抜け殻のようになっています




父は

まださまよい歩いているのだろうか・・・



覚悟の上の決断

辛かったけれどね






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この大きな手で一生懸命働いて

沢山の愛をくれた父

私は貴方に何もしてあげられない

頑固で職人気質で誰もが怖がる父でしたが

私の前では優しい父でした

ただ怖い父になる時がありました

それは学校を休んだ時

もちろんズル休みでしたが・・・

貴方は学校まで怒りながら追いかけて

「勉強なんて出来なくて良いんだ友達作れ

そう言ってくれていた父でした

そんな父は私が連れてくる友達を

大切にしてくれていました

わが子のように・・・

自分が貧しい家庭に育ち

学校も行けず働かされていたからでしょう



神様いますか?

仏様いますか?

いるのでしたら

どうか父を苦しまずに

逝かせて下さい

御願いします



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