心と体

★ 生きているんです!!!

本日 eipyonは 今年最後の病院

毎年 この日が怖い・・・

健康な時は こんな風にならなかったのに

パニック障害になってからは

病院がお休みする お盆やお正月が怖くなった






この病気になって 毎日点滴していた頃

病院がお休みになる前から 体調を崩すほど

不安に襲われていた

病院の長いお休みの前日は 病院の先生に

『怖い・・・』 と泣き叫んでいた

そんなeipyonに 特別と言って 

ある1枚の紙を渡されました

その紙には eipyonの病名や薬が書かれており

病状ごとに どんな治療法をと 細かく書いてくれていた

eipyonは その紙を持ち歩き 何処で倒れても良いように

毎日を過ごしていました






今のeipyonは そこまで不安でないけれど

やはり

怖さや不安は 取り除く事が出来ません





今は 自分の他にも 

アルツハイマーの父がいて 

心臓病やてんかんを持病に持つ

自閉症のお兄ちゃんがいるので

なおさら

その不安は 大きい





今日も悲しいニュースがあった

高齢者を救急車で運搬しても受け入れ先がなく

死亡してしまったと・・・

ベットがない 急患で診れない などと 

20以上もの病院で 受け入れてもらえなかったという





こんなにも 病院が増えて 医療が進んでいる中で

一番苦労をして生きてきて 

頑張った人の受け入れ先がないなんて

おかしいよ・・・






若いとか 高齢者だとか 関係なく

大切な ”命” なんだよ

病院は 人の命を救う場所なんだよ

病人を受け入れられない病院なんか 

病院じゃない!!!

病気を持つ人にとって 

病院は お守りなんだよ!!!

病人を受け入れられないのならば

”救急指定病院” なんて看板出さないで欲しいよ





どうか お願いです

”高齢者” だとか ”アルツハイマー” だとかを理由に

断らないで下さい

eipyonの父も アルツハイマーという事で

何度も断られた経験がありますが

生きているんです!!!

家族には かけがえのない父なのです




eipyonは そんな事を考えていた1日でした





無事に

今年が終わり

2008年のお正月を 家族全員で 元気に迎えたい

それが

eipyonの今一番の願いです

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生きていて そして 笑っていて・・・

11月7日

父の80歳のBIETHDAY

70歳の時に アルツハイマーと診断されてから

感情の起伏が激しくて 物を投げたり 母に手をあげたり

母が いつも 夜になると ひとりで泣いてた






77歳の時 

脳梗塞で倒れてから 入退院を繰り返して

アルツハイマーも進み 入院中には 大きな名札を付けられ

夜は 足や手を縛られ 寝かされてた時に 決めたんだよ

母も eipyonも

”うちに連れて帰ろう!” って






けれど

寝たきりの父の介護は 予想以上に大変で 母が倒れて

ショートステイを勧められて 3日間 預かってもらったんだ

でも

連れて行ったその日 母が書類を記入してる最中に

父が 待たされてた時に ひっくり返って 怪我して 検査

母から 『連れて帰る・・・』 と連絡がきたけれど

もう 母まで倒れられたら eipyon支えきれないから

そのまま 預かってもらったけれど その翌日も 連絡がきて

怪我をしたので 検査に付き添って欲しいと・・・

これじゃあ 何のためのショートステイなの???

もう 限界で 連れて帰ってきました






父は 元職人ですから いくら痩せたといえ かなり重くて

オムツ替えも 母一人では出来ず eipyonがしました

食事も取れなくて 毎日訪問看護婦さんが来て

点滴してくれたけれど 針を抜いてしまうので 添い寝

水分さえ取れなくて 必死で色んな方法考えた

最終的には 口移しだった

食事も 少しでも食べさせてと言われ 

離乳食作って食べさせた






意識が朦朧とする中で 

亡くなった祖父や祖母が来てると騒いで 母が泣いてた

病院の先生から 

『覚悟しておいて下さい』 と言われながらも

必死で チビも小さいながらも 手伝ってくれた

イトコ夫婦も 手伝いに来てくれた

みんなの協力を得て 父は 奇跡的に回復した






その父が 80歳を迎えた






去年 みんなの願いで 父の誕生日は 家族旅行へ

10人という 大人数での旅行は 大イベントだった

無事に 現地に到着して 父のための宴会が始まった

ケーキに灯したローソクを笑顔で勢い良く吹き消し

みんなで 祝った

けれど その最中に 父は 心肺停止に・・・

すぐに救急車で運ばれ 奇跡的に父は 

私たちのところへ戻ってきてくれた







そんなこともあり

今年は 近場で お祝いをしました

1ヶ月前から 予約して みんな内緒で計画をすすめてた

父は 最高の笑顔で今年もケーキに灯したローソクを消した

『良かった~っ♪良かった~っ♪』

父が 嬉しい時に必ず言う言葉

車椅子にも乗らずに 頑張って歩いたね・・・

今年も 父の最高の笑顔が見れた







どんなに手が掛かっても良いから 生きていて欲しい

記憶が どんどん消えていっているけれど

まだ 家族はわかってる

仕事へ行く時の父の 『気を付けて行くんだぞ~っ!』

その 言葉をずっと言って欲しい・・・




Photo 今年も 元気良く 最高の笑顔で吹き消したね♪

幸せだね





Dscf6529夢中で 美味しそうに 沢山食べたね♪

『上手いっ!』 って




パパ

お誕生日おめでとう♪

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パニック障害 & 過呼吸で苦しんでいる方へ そして ご家族へ ・・・

友達から 連絡があった

eipyonと同じような 過呼吸で苦しんでいる方のご主人が

友達のところへ来て とても辛そうだったと・・・

友達は eipyonのパニック障害という病気を知らなかった

話した時に 詳しく説明した

インターネットでも 調べてくれた

良き友です






そんな友達の職場へ たまたま用事で行った時に

その 過呼吸で悩んでいる ご主人にお会いした

その後

友達が その方に eipyonのことを 話したことで

悩んだ末に 友達の所へ 来たときに 話し出したらしい

真面目な友達は eipyonに話してきた

eipyonも 人事とは思えなかったので 

色んな話をしました






以前のeipyonのブログの”心と体”というカテゴリの記事を

読んでいただけたら 少しは理解していただけると思いますが

eipyonは パニック障害ということは 誰も気付きません

見た目は 少し痩せてるけれど 日焼けして 健康そのもの





でもね

決して 治ってはいません

けれど

理解してもらえない 旦那との離婚によって

仕事をするようになって

外出への恐怖と戦う勇気が出ただけ

自分ひとりで 生きていかなきゃいけないということで

必然的に 外へ出ることになるだけで

いまだに起こる発作は 怖い・・・






eipyonの場合は 元旦那との結納を終えた直後に

嫁姑問題で 追い詰められ

それに対して 我慢してくれという旦那

初めての発作で カッコ悪いと髪を摑まれ 駅の改札を

引きずられた・・・

その時のショックから 過呼吸は 毎日続いた

食事は 全く取れなくなり 一気に15キロ以上体重が落ちた

もう 歩けない 

入院と言われたけれど そんな余裕などないし

姉が総合失調症で 子供の面倒を母だけで 見られないし

実家の会社が 実兄の借金で倒産して 裁判の事もあり

入院など出来なくて 毎日 通院で点滴治療

苦しい・・・

何で ワタシばっかり・・・

毎日 毎日 泣いた






そんなeipyonに対して 旦那は ”大丈夫?” の言葉もなく

病院へ送っていく事もイヤだと言い出した

eipyon 自分が食事出来なくても 旦那の食事は

必ず 作って待ってた

でも そんな事は 当たり前

食事をして すぐに自分の部屋へ行き テレビゲーム

夫婦とはいえ 

全てにおいて 一方通行だった

その事も 何度も 何度も 伝えた

”ワタシは 家政婦じゃない!!こんな一方通行じゃあ 夫婦じゃない!”

それでも 変わってはくれなかったし 

旦那は 仕事もしなくなり eipyonを追い詰めていった






収入がないので eipyonは内職を徹夜で頑張った

内職も 手伝ってくれず ただ 毎日テレビゲーム

そうなれば ケンカばかり

旦那は 何かにつけて 自分の実家へ帰ってしまう

二人の時間なんて なかった・・・

いつも eipyonは 心細くて 不安で 甘えたかったのに・・





発作で辛くても 高熱が出ようとも 

『今日は 休んで 傍にいて・・・』

そんな言葉に返ってくる言葉は

『仕事休めるわけねージャン!お母さんにお願いしろよ!』

違う・・・

eipyonは 母じゃなく 旦那に傍にいて欲しいのだ

結婚したら 

喜びも 悲しみも 苦しみも 

二人で乗り越えていきたかったんだ

苦しい時 他の誰でもなく 旦那に甘えたかった・・・






過呼吸は 半端じゃなく苦しい

息が出来ない

そのうち 意識が遠のき 倒れる

だから 外出も出来なくなる

あの苦しみが また 襲ってくるのではないかと思うと

外出前から 心臓が飛び出ちゃう位に緊張して

外出前から 呼吸が苦しくなる





でも その苦しみを理解できるのは 経験者だけ

”甘えてる” だとか ”なまけもの” だとか

散々言われたし 親にさえ 今も 理解されてない

これが 現実・・・






eipyonは 友達に話を聞きに来た ご主人の事を聞いた時

正直 羨ましかった・・・

だって

本当に その奥様は 幸せだとおもったから

ご主人は その苦しみを理解できなくても

しようと努力してるのですからね

自分のことのように 心配してたらしいので

eipyonは 奥様は 治る!!!

そう思いました






辛いよね

苦しいよね

でも 一緒に悩んで 立ち向かってくれる人がいるんだよ

心強いじゃないですか!!






最初の一歩から 始めたら良いと思う

焦らなくて良いから 

一進一退を繰り返しながらかもしれないけれど

まずは 一歩 踏み出して見てください

ほんの少しの勇気で 何かが変わると思います






自分が 安心するように 薬があれば それをお守りに持ち

素敵な旦那様と キレイを感じて下さい

お花や空 キレイですよ






決して 自分を責めないで下さい

そして

何で 自分ばかりと思うと 苦しくなるので

それを乗り越えられるからこそ 与えられたことだと思って

必ず来る 

明るい未来を信じてみて下さい



そして もうひとつ

これだけは 伝えたいのですが

早期治療をして下さい

ひとり心に何でもしまい込んでしまうのは ダメです

そして

理解しようとしている旦那様に 何でも言って下さい

迷惑を掛けるとか 心配させるとか 考えずに・・・

今の自分を知ってもらうことで かなりラクになります

言わなくてもわかる人などいません

『ワタシは こんな風に苦しいのよ・・・』

『こんな事が 怖いの・・・』

小さなことでも 伝えていく事で 心がラクになると思います






今 eipyonは そうやって 彼ちゃまと安心して

遠くへ出かけることが 出来るようになりました






ほんの少しのアドバイスしか出来ませんでしたが

ご参考までに・・・

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パニック障害になってから3度目の旅行へ挑戦

明日から、パニック障害になってから3度目の旅行だ

今回は、家族全員での旅行

もう、こんな機会はないと思う

母の願いを叶えたかった

子供達(甥と姪)に思い出を作りたかった

アルツハイマーの高齢の父に思い出を作りたかった

車椅子を持ち 甥の心臓病やてんかんの薬を持ち

そして

私自身、大量の薬を持っていく

この数日間は、予期不安との戦い

自分自身を支えることで精一杯

たかが、60キロあまりの道のりが怖い

この緊張は、止めようにも 止まらない

頻繁に起こる過呼吸

手の震えと、流れる汗

でも、負けない!!

きっと、楽しい思い出になるから

きっと、涙が出るくらいの感動が待っているから

家族がいる

彼もいる

大丈夫!!!

いってきます

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生きること・・・

今、私は生きている。

何事にも負けず、全てを受け入れ、クリアしてきた。

その時、その時、無我夢中で戦ってきた。

幸いにも、いつも、誰かが手を差し伸べてくれていた。

だから、この命、大事にしなきゃいけないんだ。

病気にも負けない!!

忙しい毎日にも負けない!!

悲しくても、悔しくても、負けない!!

前へ 前へ 進むんだ。

たかが、注射一本で、命奪われた、お姉ちゃんの分まで。

お姉ちゃんから教わった事 沢山。

でも、同じように出来ないんだ。

何でも出来る、器用な女性でした。

お姉ちゃんが、私に教えてくれた事を

ちゃんと、お姉ちゃんの娘(私の姪)に教えていこう。

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私の宝物

私は、パニック障害になって14年。

最初の発作の時は、もう死ぬかも・・・って思う位に

苦しくて、怖かった。

満員電車の中で、突然、呼吸が出来なくなった。

意識が遠のいていく・・・。

「苦しいよ」って、隣にいる旦那に言ったんだけど

「我慢しなよ!」って。

駅に降りると、もう限界。歩く事なんて出来ない。

そんな私を旦那は「カッコ悪い!!」って、髪の毛引っ張って歩かせた。

悲しかった。

それからは、旦那と出掛けても ”この人は私を守ってはくれない”って

思うようになってね。

そのまま、引きこもりになっちゃいました。

一気に18キロも痩せた。何も食べられなくなった。

毎日、色んな体の不調があって、寝たきりだった。

毎日、点滴受けて、ただ、生きてた。

死にたかった。

そんな私を支えてれていたのは、生まれてきたばかりの甥でした。

いつも、私の横で安心して眠る甥の顔が、愛しくてたまらなかった。

甥が成長する中で、手をつないで散歩に行ったりするのだけれど

”この子を守れるのは私しかいないんだ!!”って思うようになってね。

少しずつ、外へ出られるようになった私です。

だから、甥は、私の命の恩人。宝物なのです。

今では、私よりも大きくなり、声変わりもしていますが

まだまだカワイイ ”私の宝物” です。

例え、自閉症という障害をもっていても、大切な 大切な 宝物 なのです。

※ 言うまでもありませんが、旦那とはお別れしちゃいましたぁ!!

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どんな景色も・・・

今日は、昨日と比べて、暑かった!!

それでも、車で走っていると  風は秋。

柿木にも、実が沢山ついている。

山や川の景色も、秋を感じさせる。

春夏秋冬・・・

体や心で感じられる日がきたんだ。

パニック障害で、引きこもっていた12年間があるからこそ

どんな景色も感動してしまう日々。

当たり前のように、仕事をして、遊びに行っていた頃には

絶対に、感じなかったでしょう。

この喜びや感動は・・・

だから、幸せ。

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